芸術家には二種類あってね。

一つは自分が好きで、それを表現しようとするタイプ。例えばモネなんかがそうだね。この人たちはどんどん作品が洗練されておしゃれになっていく。
その根底にあるのは、ナルシズム。この人たちは自分を愛している人たちです。

もう一つは、他人や、人間に関心があり、それを追求するタイプで、ゴッホなんかはそうなんだね。
この人たちは、自分の中に何等かの理想や思想や思いがあり、人間の魂の本質とはなにか、人間の何が美しいかを追求していく。
だから、作品はどこか泥臭いが、人間を突き詰めてゆく迫力がある。そこには、たぶんに独りよがりでもあるが,強烈な人間愛がある。

児玉さんの場合は、後者のタイプで、だから彼女はひたすら遠野の田園で働く人々や外国の街角にいる人々を、つまり人間を描きました。
彼女の内面にある理想や、思想を求めながらも一方で、人間をとても愛したと思います。

以前、上の東京美術館で、モネの作品展をやっていました。
まあ、私も通りがかりで見たのですが。モネが下書きに、つまり筆ならしに描いた、つまらない凡作を、後生大事に展示しており、それをまた、真剣にみる観客の行列・・・・。

こういう美術展は、六本木でもやっていて、あゝ、ひたすら西洋芸術に平伏する日本人に・・・・私はちょっと呆れぎみ!!

さて、この映画では、児玉さんは遠野に移住してまで、何を描こうとしたのか、という視点があります。彼女のまなざしの先にあるのは、何なのだろうか?

能勢監督から、音無しの映像だけで綴った仮編集の完成版が送られてきました。
そこには、日本人の、とても、とても大事なもの、言葉にはならない、大切なものが描かれた、と思います。

ネタバレになりますから・・・・。

後は映画でご覧ください。

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