能勢監督から「田下さん、いかにも東北の女性らしい人を、探してきてください。」と言われました。

いかにも東北?それは何だろうと考えると、すぐに厳しい寒さが思い浮かびました。
厳しい寒さや環境の難しさに耐えしのいで生きている女性こそ、東北の女たちではないか・・・と。

その時頭に浮かんだのは、お二人の女性ですが、それと同時に附馬牛人形のお姫様の顔も浮かびました。

附馬牛人形とは、ウエブ雑誌「MIZUTAMA」1号で遠野のお雛祭りを取材したときに
出会いました。

展示されているのをずっ~とみて回り、最後にガラスケースにはいったお雛様(お姫様)の顔を見たとき、あれっと思いました。
そのお姫様の顔は、少し傾いていたせいもあると思いますが、
なにか、思いつめたようなような、そしてとても静かな佇まいがありました。

この姫の顔は、どこか違う。つまりお姫様らしい華やぎではなく、耐えしのび、沈黙している人間の顔かな~と思ったのです。
そこで他のケースの中にある、京都伏見人形や、博多人形の顔を、もう一度確認しにいきましたら、やはり伏見人形も、博多人形も、明るい華やぎがあります。
しかし、この東北のお姫様は、そういう幸福感とか華やぎがない分
沈思黙考している、賢い女の内面がある。

映画では、お二人の女性をご紹介します。
お二人ともが自立し、自分で生計をたて、さらにたくましい生きざまをしておられます。

ただお若くはありません。でもね、お二人ともきっと、若いころは東北の姫のように耐え忍び、たくさんの苦労をのりこえられてきたに違いありません。

私はそういう女性が大好きです。女の価値はそういうしぶとさや、軽薄には動かいない沈黙の世界を持ち、最後はたくましい楽天的世界を生きてゆく所にあると思います。
撮影をお願いした、遠野のばっちゃたちの、なんと朗らかであったことか!!

私の人生は素晴らしい女性たちに会いたいというテーマもありました。

それは暮らしを支え、子供を育て、労働で指の関節がゴツゴツとして、手のひらが分厚い女性の姿であり、男の幻想の中をなよなよ生きている女性ではありません。
今回お会いした女性がほとんどが化粧っけもなく、素のままの顔で、でもなんと表情がゆたかであるか、なんと笑顔が可愛らしいか!!

人生の最終で、こんな素敵な女性たちと一緒に仕事ができるなんて、光栄です。
やっと自分と地繋がりの女性たち、人生の同志に会えた気がしました。

遠野「旬菜日本料理 和田」さんの前菜。白子と松茸が包んであります。大変おいしゅうございました。

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