児玉房子さんの著書「ガラス絵に魅せられて」の中にとても見事な言葉が載っている。それは、「私は心しかもっていない」ということばです。

なんと簡潔でみずみずしい言葉かと思います。

この言葉は1989年のルーマニアのチャウシェスク独裁政権下で、その弾圧に対して立ち上り、広場に集まった民衆に向けられた軍隊の銃の前にカリス・エレンという婦人が立ちはだかり、若い兵士たちに「戻りなさい、私は心しかもっていない」と呼びかけた言葉です。
ルーマニアのおばちゃん、素晴らしい!!

その後ルーマニアは民主化に向けての波が起き、独裁者チャウシェスク夫妻はその豪華な邸宅からヘリコプターで逃げ、最後は軍隊までもが民衆の味方になりました。

「路上の光景」ルーマニア

たった一行の言葉がすべを制する。

しかしその言葉も奥には、耐え、忍び、懸命に生き延びてきた人々の、凝縮された実存からくる、迫力と凄みがあります。
またそこには、銃をむけてくる兵士にたいしてすら、人間としての愛着と信頼で話しかける、婦人の姿があります。

このルーマニア政変の真っただ中を児玉さんは一人で旅をしていたのです。

人間が息吹く、それは恵まれた環境と清々しい自然の風景の中でばかりがそうなのではありません。

暗い闇が続き、いつ夜明けが来るかもしれない、光が消えている中でさえ、人間に魂がある限り、そこには小さな灯が揺らいでいる。
息吹くとは、私は命そのものがそういうものだと思っています。

さりげない、ただ道を通りすがるだけの婦人を描いたガラス絵の中にも目に見えない、呼吸や足音やそして地面からの温かさが、人間を包み込んでいる。

児玉さんのガラス絵には、そういものが大切に描かれたいると思います。

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