以前といっても10年くらいもも前のことであるが,現代アートのギャラリーをやっていた頃、日本画を習っているというおばちゃんが来て、しきりに抽象画を非難する。

抽象画はしっかりと物の形を書かないでごまかしている、というのです。彼女が習っているその先生から思い込まされたのか、もう強固にその同意を私に求めてきました。

それに対して私は、いやいや違いますよ。絵は物を写し取るところから始まりました。初めは、形や色や背景や人物をそのまま忠実に画くことが良しとされましたが、絵が芸術として進化していく中で、それがどんどん壊されていきました。

物や色や景色や人物を画くのでなく、人や物を通して自分がに感じている感性や感覚や、沸き起こってくる想いや感情や精神を画こうとしているのが、抽象画です。

だからこそ絵の世界では、光の粒子を画こうとした点描派が現れ、そこから印象派が生まれてきたでしょ。さらにキュビズムのブラックがでてきて、とうとうピカソはそれまでの絵画の概念をぶち壊したでしょ。さらにシュールリアリズムが現れ、現代絵画の世界へと続いたでしょ。

つまり、目に見える世界から、目に見えない世界をも表現しようとして、抽象画が生まれたのですよ。と説明をしました。

音楽の世界も同様です。どんどん既成観念が打ち破られて進化していきました。それを最初にやったのがモーツアルトですね。彼は古い宗教や政治の秩序の中に閉じ込められた音楽を、解き放そうとし、ベートーベンはそれをデモクラシーの思想の中で開花させようとし、さらにワーグナーは、音を舞台道具のように立体化して壮大なヒューマンドラマに完成させていきました。

音楽も絵画同様に、次々と作曲家たちの革新が試みられ、印象派が現れ、次には音楽の基本である音階を解体し、調さえも解体するシェーンベルクの無調音楽や、ジョン・ケージの前衛的な現代音楽へと、進化していきました。

ところで映像の世界はどうなのでしょうか。映像はどのように進化していったのでしょうか。おそらく映像と映画の世界も様々に進化し、革新がこころみられたはずです。

映像に関してはほんとうに申し訳ないのですが、私は無知でなにも知りません。貧しい私の映画鑑賞歴で、判断するしかないのです。それでもおそらく映画人たちは、近代の歴史を映像化しながら次々と挑んできたのだと思います。

そして今回、私と能勢さんが取り組んだのが、映像のヒューマンドラマの桎梏からの解放です。
映画「どこかに美しい村はないか」では、一切のナレーションもなく、細かい説明もありません。逆に人間世界の生々しさを、そぎ落とせるだけそぎ落しました。

そこでは、ガラス絵をとおして、風景をとおして、そして人物を通して、さらに音楽を通して、映像が、感性から感性へと渡されます。それは無意識世界から無意識世界へと渡され、交換される、映像をとおして<現在のリアリティー>を共有する世界です。

映像の可能の中においては、世界はまだまだ、広く大きく豊かであり、単にヒューマンドラマや具象性では
語りえない世界が、そこにあるからです。私はこの映画で、その一つの壁を取り払い光を入れたと思います

絵画はその具象性から解放された途端にその範疇の空間が大きく広がりました。音楽もその秩序である和声や音階や調性から解放されワーグナーのドラマ性からも解放されました。

つまり絵画も音楽もその多様性の中に限りない可能性を秘めたのです。
おそらく映像、特に映画もそうでないかと思います。

まさに、人間のドラマを描くという桎梏と範疇を乗り越えてこそ、映像の中に潜む限りない可能性が広がってゆくと思います。それは第一回目でご紹介した禅の言葉「尽十方界無一人不是自己」で示されたように、人間の卑小さをどう乗り越えていくかです。

この言葉によると、宇宙には、人間の意識で起きる観念の世界などない。思想や、常識や規範や世俗的なあれこれ等一切ない。

宇宙とは、人間の卑小さが描く一切の人間的欲や、意味や価値が取り払われた世界であり、故に世界とは、無限の空の世界であり、限りない自由の世界であることを指しています。

さて、随分大仰なことを書きましたが、それをどのように映像として、小さな60分の映画にしていくか……?それはなんとも難しいことです。それでも私は最初に能勢監督から提示された作画イメージを聞いて小躍りして喜びました。

それは次回書きます。

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